2012年9月6日木曜日

【エフスタイルインタビュー】ご


【17:家族でもないし、ただの取引先でもない】
星野「例えば社会に出て、まだ自分たちに何の肩書きもついていないときにやってみなよって仕事を任せてくれる人ってすごい貴重じゃないですか。失敗してもいいからやってみなって言ってくれた人がいたから今があるわけじゃないですか。絨毯の工場の先代の社長はすごい大事な存在ですね。しかも文句も言わずずっと見守ってくれて。危なっかしいことも、それは無理だろってこともけんかもしたけどなんだかんだずっとうちのファンでいてくれた気がする。」
五十嵐「そうだね。」
星野「ただ、仕事先ではなくて、頑張れよみたいな感じで応援してくれていたから。本当に感謝していますね。」
山口「本当に人との関わりの中でお仕事されているかんじですよね。」
星野「そうそう。だから家族でもないし、ただの取引先でもないし。結構本当に死に目にあうようなことも多いし。その会社が変わり始めているときに話の聞き役になったりもするし。ただ物が来て流しているだけではなくて、その会社の時代の移り変わりにも一緒に立ち会うことは多い。立ち会えているから物を考えられているところもある」
五十嵐「そうだね」
星野「立ち会っていなかったから、あなたのここの商品のこれ作ってくださいって言えば良いけど。例えば先代が得意だった技術で、今の代の人は得意じゃなくて作りたくないのに昔からおさめてくれているから、これちょうだいよって言いづつけることはしなくなるっていうか。こっちも遠慮するし」
五十嵐「人間が違うから。」
星野「そういう風にものを作っています。」


【18:今、その人とできることをやる】
五十嵐「やっぱり生の人間と関わってできるものも違うので。そのときを大事にしていますね。過去にこだわりもないし。」
星野「ない。」
五十嵐「未来にもこだわりがないし。」
星野「ない。今できることをやる。」
五十嵐「今、その人とできることをやる。」
星野「今、手元にあるものでやる。どうしてもこの素材を手に入れて、これを作りたいんですっていうのは絶対言わないですね。」
山口「冷蔵庫にあるもので作る感じですか。」
星野「そうそうそう!まさにそれです。いつもそうでもす。なにを作るって買いにいくことないね。でも、そういう風にフランス料理のフルコースで作れるようなデザイナーさんもいるし、私たちみたいな残り物とかもう期限が短いものをより面白くするほうが得意かも。この甘みはいましかないみたいな。あはは()


【19:ギュッて関係があれば、あとあと手放せる。】
山口「本の中で一環して関わることで熱が伝わるっていうことと、みんながはいってこれるスキマがあるていうお話をされていたじゃないですか。それって同じ物にいろんあスパイスがもっと足されて最初よりおいしくなるっていうイメージですか。」
星野「そうですね。あと化学反応するっていうのが。」
五十嵐「予想もつかない化学反応。」
星野「自分たちがプロフェッショナルな部分は一所懸命やって、あとは手放せる。まあ親子関係もそうなんじゃないですか。ギュッて関係があれば、あとあと手放せる。」
五十嵐「それは信じられているってことですよね。まあやるだろうっていう。」
星野「ぎゅっとした安心感っていうか。信頼関係というか。それが一緒にごはんつくることであったり、毎日一緒に食べて会話することなのかもしれないけど。信頼して手放すってすごい大事なんだなと思って。さっきの社長の話じゃないけど、私たちが本当に無鉄砲だったけど、手放してくれたから今があるわけで。自分たちのやることは集中して、受け渡すとすごい嬉しい結果が待っていたりすることが多い。それはいわゆる分業とはまた違うかもしれないですね。もうつながっている場所が別だから。もうつながっているから手放すというか」


【20:地味な作業=良いとこどり】
山口「なんかその話はちょっと戻るんですが、私はエフスタイルさんが分業していないところに魅力を感じているんですが、単純作業を人に任せて“デザイン”とか“クリエイティブ”みたいな仕事をやってすごい良いとこどりだなって思うんですけど。良いとこどりをしたいなと思ったりしませんか。」
星野「いや、私たちが良いとこどりするなら、検品ずっとやっていたいね。私たちのいいとこどりだったらそういう地味な作業の方がやりたいです。」
山口「へえ!」
星野「世の中がそうしてくれるなら。デザインとかしなくていいならしたくない。私たちのこれちょうだい!っていうのは地味な作業をこつこつやらせていてほしい。そっちのほうが落ち着くもんね。決してそのクリエイティブな作業が華やかだとは思わないですね。しかたなくやっています。
五十嵐「そうだね」
星野「だからできたものをよりうまくプレゼンテーションするとか、例えばこれができましたって写真を撮影するとかこれがこんな人に渡るようにこんな写真を撮って、カタログを作ろうとかのほうが好きですね。実際考えているときは苦悩ですね。なぜなら自分たちがデザインに対してすごく厳しいから。こんなもんつくってどうするんだよみたいな。そんなに物が多い暮らしをしていないから。あともっと良いものを知っているから。これ私たちが作らなくてももっとセンスのある人がこういう工場で作った方が良いんじゃないかと思うとすぐ諦める。私たちがこのポジションやる必要ないよねっていうので結構すぐ手放すし。物のデザインを考えるというか、時代のスキマを見るというかんじ。学生時に私たちの悩みは“もうそもそもデザインなんてしないほうがいいんじゃないかってことでしたね。もうデザイナーになる教育を受けて輩出される人材が多すぎる。そんなにいらないでしょって。だったら別に作らなくていいし、今あるものをちゃんと伝えたほうがいいんじゃないかっていう考え方だったから。デザインをするっていうこともちゃんとものが上手く伝わるための言葉みたいなもので。自分たちの思い出づくりのためではないというか。”

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